観て聴いて智る

私の京都の門徒達に、見ると観る。聞くと聴く。知と智の違いについて教えます。


「そんな事は知っていて、使い分けが出来るのは当たり前。」と思われた貴方。


素晴らしい。


何故なら、この観る、聴く、智るは、本当に集中しないと出来ないからです。


見るは目に入る映像をそのまま捉えますが、観るは心してよく見ます。


聞くは音を耳で捉えますが、聴くは心してよく聞くのです。


知るは知識として意識に保存する事ですが、智は知識の本質を見抜く事です。





ただぼーっと私のする事を見て、何となく私の教える事を聞いていたのでは、私から教わったことは、ただ知るだけになってしまいます。ですから、私のする事を心して観て、心して聴いて、そして知識の本質を見抜いて欲しいのです。


ビジネスや人間関係でも同じだと思います。何気ない会話の中で、相手の方がお好みやご家族、ご趣味についてお話しされたら、それを聴いて頭の隅に留めておきます。それらの情報が必要な時、その相手の方の事を考えれば自然と思い出されます。そんなに記憶できないと思われるかもしれませんが、相手の話をよく聴いていればさほど難しくはありません。


例えるなら、まだ恋人になる前に好きな相手の事を知りたくて、会話の一言一言が頭に残る事ありますよね? 眠る前にその言葉を思い出して、幸せな気分に浸れるくらい鮮明に覚えています。その位、集中して相手の話を聴いているという事でしょう。


でも、それは恋だけでなく、普段のお付き合いにもとても大切な事だと思います。この人はこんな事を言っていたと覚えていれば、それらの情報のおかげで、

相手ともっと近いお付き合いができるようになるかもしれません。


そして一番大切なのは、智。故望月稔師範の大和心という歌の中にも出てくる「智」。その意味は知識の本質を見抜くと教わりました。現代社会は情報が多すぎて、何が本当なのかわからなくなり、本当でない事もそれらしく情報として入ってきます。そのようなあやふやな情報に流されない為には、よく観て、よく聴いて、知識の本質を見抜かなければなりません。


新型コロナウイルスや変異株についても、ワクチンについても、沢山の情報が出回っていますが、膨大な量の情報を鵜呑みにせず、ちゃんと知識の本質を見極めなければなりませんね。


私の道場の名前の「智誠館」は誠に知識の本質を見極められる場所という意味を込めています。


観て聴いて智る

心が大切という事を忘れずに。さあ、今から意識をしてみて下さい。

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