合気道の合

合の漢字の成り立ちは器と蓋が合っている事から。ぴったりと合うや一つにまとまるという意味だそう。

合の漢字の成り立ちは器と蓋が合っている事から。ぴったりと合うや一つにまとまるという意味だそう。


合気道の合気は色々な意味で解釈されるが、一般的には、技術的に相手のタイミングや動きに合わせるという意味や、相手の意図や気持ちに合わせるという精神的な意味もある。


合気道をやっていると話すと「気で飛ばすやつ?」とか言われがちだけれども、私達の稽古の中ではそのような事はあまり感じられない。

私が「合気ってこういう事なんじゃない?」と一番感じたのは、何年か前の京都での合同演武大会&合宿の時だった。


桜が満開の美しい季節、京都武徳殿の戸を全開にして、春の風を気持ちよく感じながら仲間達と稽古に励んでいた時の事だった。


知らないおじさんがいきなり道場に入ってきた。たまに観光客が間違えて見学しようと入室しようとする事もあるが、そういう感じではない。

のそのそと入って来られ、何か門徒達に話しかけようとしている。すぐに杵淵師範がそのおじさんに近寄って優しく話しかけた。私は指導をしながら横目で見ていた。すると、そのおじさん。師範に向かって、いきなりパンチやキックのような仕草を始めたではないか。主人がすぐに私に駆け寄って「誰か呼んだ方がいいよ!」と言ったが、「待って」ともう少し様子を見ることにした。


杵淵師範は、ワーワー1人で興奮しているおじさんに優しく話しかけながら、そのまま道場の外に連れて行ってしまった。長く感じたけれど多分10分位後だろうか。師範が一人で道場内に戻っていらした。何事もなかったかのように平静でいらっしゃる。


私は気になって、「何が起こっていたのですか?」とお聞きした。師範曰く、皆が武道の稽古をしているのを見て、そのおじさんも稽古をやっているつもりだったらしい。「桜を見に行きましょう」と庭の方に連れて行き、相手の言う事も聞きながら桜の話をしていたそうだ。そして最終的におじさんは自然に帰宅されたそうだ。


門徒達がそのおじさんの言動を気にしたのは本当に短い時間で、師範がおじさんのお相手をなさっている間、皆は稽古を続けていられるくらい師範の振る舞いは自然だった。


この話は私達の間ではレジェンドになっている。このように予期せぬ事態が起こった時に、杵淵師範のとられたような平静な行動をできる人が何人いるだろうか。もし、私だったらやはり「合宿中なので出て行っていただけますか?」のように直接的にお願いするだろう。多分ほとんどの人がそうだと思う。


まるで春の風のように相手の気持ちに柔らかく寄り添いながら、自分の思うように相手を動かされた師範の行動は、私達に「合気とは何か」を教えてくれたような気がした。


このような武道の道理を私達は技を通して学ぶ。そして、この道理をどのように世の全般に活かせるのかを、師範を見て学ぶ。


人、企業、国、自然、宇宙だけでなく多分ウイルスとも、合気が出来るようになれば、より良い世の中になるのかもしれない。

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